朱鷺メッセ崩落事故の原因が突き止められなかったことが残念(その4)

<朱鷺メッセ崩落事故の原因が突き止められなかったことが残念(その4)>

最後に,崩落の原因について個人的に想像してみます。

直観として斜材ロッド接合部のコンクリート部のせん断を疑いました。写真で見る限り,いかにもちゃちで十分な鉄筋や鋼材で補強されているようには見えないからです。でも残された部材で実験して強度の存在を確かめているのですから,構造技術者協会の報告書が指摘するように設計上,許容応力度が超えていたなどということはないのだと思われます。

では,構造技術者協会の報告書が指摘する施工中のジャッキダウン時の損傷が原因して接合部の耐力が低下したのでしょうか。これは,わからないとしか言えない事項です。そもそもこの報告書ではジャッキダウン時の損傷の可能性を指摘しているだけで,コンクリートにどれだけのひび割れが入ったのか,そのひび割れがどれだけ接合部耐力を低下させたのかを示していないのですから検討すること自体ができない状態です。ですから,その可能性を否定も肯定もできないというのが答えではありますが,普通に考えてコンクリート部材というものは,どこかにひび割れは生じているもので,コンクリート部材に適用する許容応力度はひび割れの存在を許容したうえで成り立っているものだと考えていますから,ジャッキダウン時の損傷が,偶然に斜材ロッドの引張を支えられなくなる方向にひび割れを生じたということでもない限り,多少の損傷(ひび割れ)は許容されるものと考えています。したがって,ジャッキダウン時の損傷が原因であるとは考えにくいです。

<崩落原因の推定>

私が想像する原因は,構造設計者が指摘するように,上弦材の鉄骨の端部に溶接欠陥がありこの部分の破断です。

橋が崩落しているのは,朱鷺メッセ側の端部です。その部分で破断・崩壊している部材は,

①斜材ロッドのコンクリート側の接合部

②上限材である鉄骨の端部

③下弦材であるPCa版

の3か所で,川側の構面,入江側の構面とありますから,合計で6か所です。とはいえ,PCa版は川側,入江側と別れているものではなくスラブとして一体になったものですから,6か所ではなく,5か所と数えるべきでしょう。

崩落の原因を突き止めるとは,その5か所のどれが最初に破断・崩壊したかを突き止めることです

まず,PCa版は,この部分には圧縮荷重が作用しており,これが最初に崩壊したとなれば,長さが短くなる方向に変形(つまり,圧壊状態)していなければいけません。崩落後の写真を見る限り,PCa版は折れ曲がってはいますが,圧壊状態ではありません。したがって,PCa版ではないことがわかります。

次に,川側,入江側のどちらから崩壊したかを考えます。これも写真によると,入江側に傾いて崩落していますから,入江側が先に破断したことがわかります。

で,最後のテーマが,斜材ロッドの接合部が先なのか,上弦材の鉄骨の端部が先なのかです。

トラス構造ですから,どちらが先に切れても構造体としては成立しませんで,どちらが切れても,ほぼ同じように崩落します。ですから,どちらの可能性もあるのですが,斜材ロッドの接合部が先で上弦材の鉄骨端部が後だった場合には,その証拠が鉄骨側に残ります。それは,鉄骨端部は保有耐力接合されているはずのものだからです。

保有耐力接合されている鉄骨部材を引っ張ると,鉄骨母材が十分に塑性変形します。条件がよければ10%程度伸びます。事故後の写真では鉄骨全体が塑性変形して伸びたようには見えませんから,鉄骨が先に破断したことになります。

構造設計者が指摘しているように,私も「上弦材鉄骨破断説」を支持します。構造設計者の報告書の中に溶接欠陥の存在が指摘されており,しかも,破断部が入江側で上フランジ下フランジともに母材ではなく溶接部だったのですから,ここが最初に破断して,鉄骨部材は塑性変形することなく落下して,次に斜材に力が集中して接合部が破断したのでしょう。

上記は,入手できた資料の中から私が想像しただけです。鉄骨部材が塑性変形するとしても衝撃荷重ですから10%も塑性変形したりはしないでしょう。でも,残された鉄骨部材にわずかでも塑性変形があったか,一切なかったかを調査していれば,どこが最初に破断したのかがわかったと思われます。

<上弦材の鉄骨の端部が最初に破断したなら何がわかるのか>

鉄骨端部の接合部が最初に破断したとなると,接合部の施工,つまり,溶接が適正に行われなかったことの可能性が疑われます。構造設計者の報告書の中に溶接欠陥の存在が指摘されていますから,それが原因である可能性を支持します。ここから先は,施工時点から,許容しえない溶接欠陥があったのかが問われます。微細な溶接欠陥が生じることは避けられないことで,溶接欠陥の存在のみをもって施工が不適切だったとは言えませんが,許容値を大きく超える溶接欠陥がはじめから存在していたならば,これが連絡橋崩落の原因だと言えるでしょう。

ひとつ,私が気になるのは,繰り返し荷重による溶接欠陥の進展です。溶接欠陥ははじめから存在していたにしても,それは許容値内の微細なもので,この接合部位置が常に大きな引張荷重が作用して振動による繰り返し荷重の作用するところに存在していますので,徐々に溶接欠陥が広がった可能性についても考慮しておかねばならないと思っています。

(この構造体の応力状態(常時引張荷重が作用し繰り返し荷重が作用する状態)で,通常許容しうる微細な溶接欠陥がこれほど短期的に拡大し続けるものかどうかは,私にはわかりません。)


以上が,私が推察する崩落事故の原因です。この推察が正しいと主張するものではありません。推察する根拠となった資料を提示したうえで,それを技術者として見て考察したらこうなる,というものです。思考過程に未熟な点があったとしても許容いただければと思います。

朱鷺メッセ崩落事故の原因が突き止められなかったことが残念(その3)

<朱鷺メッセ崩落事故の原因が突き止められなかったことが残念(その3)>

裁判の過程で,通常は原因が解明されるはずです。どのように進められたのでしょうか。

一審で県側は,調査報告書を根拠として設計が不適切だったことを主張しましたが,裁判所は「報告書の論証過程には大きな疑問が残ると言わざるを得ない」と指摘し,県側が主張する事故原因を立証できないとしました。

二審では,県は「設計・施工の技術的側面で争うよりも,そもそもの契約責任としての債務不履行責任等の法的責任を問う」と訴訟方針を変更して争っています。高等裁判所が出した結論は,和解勧告であり「事故は設計上の問題によって発生した」とした上で,和解金として設計者・施工者に8000万円の支払いを求めて和解が成立しました。

この結果,「事故は設計上の問題によって発生した」とはいうものの,詳細の原因は特定されずに終わっています。本来,設計が原因であると特定できたならば,その損害の責任のすべてを設計者が負うべきところですけど,和解金は県が一審で請求した額の約10分の1でした。

裁判の場で,原因を究明することができればよかったのですが,残念な結果です。一審がはじまる前に崩落せずに残った部材で引張試験をすることで斜材ロッド接合部の耐力不足が原因ではないことが特定できていたにも関わらず,原因を修正するなり再調査をするなりしなかった県の対応に疑問を感じます。

朱鷺メッセ崩落事故の原因が突き止められなかったことが残念(その2)

<朱鷺メッセ崩落事故の原因が突き止められなかったことが残念(その2)>

朱鷺メッセ崩落事故の原因を究明しようとした足跡はあります。

新潟県事故調査委員会報告書

発注者である新潟県が設置した委員会が出した「新潟県事故調査委員会報告書」(2004年1月19日)があります。この文書の執筆時点(2016年12月)において新潟県のHP上では公開されていないようなので私は見ることができませんが,別の資料の記録から,原因を斜材ロッド接合部の耐力不足としたことが分かります。PCa版をハイテンションタイロッド(鋼線)が貫いているコンクリート部分を指しており,写真で見てもいかにもちゃちで脆性材料であるコンクリートがせん断力に耐えられなくなって鋼線が抜けてしまったと考えるのは自然なことです。日本建築構造技術者協会の報告書でも設計者の計算式にあやまりがあり長期の許容応力度の1.6倍の力が作用していたことが報告されています。接合部の耐力不足は,それを疑うに十分な論拠がありますが,結果からすると,県の委員会の報告書を根拠として争った一審で「論証過程に大きな疑問が残る」とされ否定されています。実は,被告側にいた設計者が,県の報告書の計算式の誤りを指摘しているとともに,崩落しなかった通路のPCa版で引張試験をすることで強度の存在を立証しているのです。

朱鷺メッセ連絡橋事故調査報告書(日本建築技術者協会)

中立機関が出した報告書としては,「日本建築技術者協会」の「朱鷺メッセ連絡橋事故調査報告書」(2004年2月10日)があります。

この報告書では,検証過程で斜材ロッド定着部せん断,鉄骨の上弦材圧縮,PCa版の下弦材引張が設計上長期許容応力度を大きく超えていたことを指摘しています。であるならば,結論は,設計自体が不適切だったと結論付けられるべきものなのに,なぜか,結論では,事故原因を「工事途中で実施された第1回ジャッキダウンによって構造体に生じた損傷が,落下事故に大きく関わっていることは疑う余地はない」とし,「平成12年度の第1回ジャッキダウン時および平成14年度の竣工時に発生した下弦材PCa版の大きな曲げ応力の影響により,PCa版の斜材ロッド定着部近傍に過大な曲げひび割れが発生したと推定される。この結果,時間と共にこのひび割れが進展して,定着部のコンクリートの有効せん断面積が減少して崩壊につながったと考えるのが自然であろう」としています。これはとても不思議な結論です。しかも,原因として指摘した言葉に「ジャッキダウンによって構造体に生じた損傷が」がありますが,報告書中の論証過程では「ジャッキダウン時に損傷を与えた可能性がある」としているだけで,接合部に損傷が生じたことを特定した記述はありません。こうしたことから,論証過程,結論ともに現実を表現したものとは考えにくいものです。

※ この報告書は「日本建築施術者協会」の会員専用ページに公開されています。

朱鷺メッセ連絡橋落下事故(渡辺邦夫氏による事故後の概況報告)

構造設計をした設計者が,「朱鷺メッセ連絡橋落下事故(渡辺邦夫氏による事故後の概況報告)」報告書を出しています。

これによれば,県の調査委員会が原因とした斜材ロッド定着部の破断を否定しています。調査委員会の調査報告書の計算式が間違ったものであることは建築関係雑誌「建築技術」に掲載したとしていますし,崩落しなかった実際の架構を使って自費で実験を行って,必要な耐力が存在していたことを証明しています。

崩落原因については簡単にしか触れられていませんが,上弦材鉄骨破断を指摘しています。ただ,断定はせず,原因は解明できなかったとしています。

※ この報告書は「㈱構造ソフトHP」で公開されています「朱鷺メッセ連絡橋落下事故概況報告」。

PCa版製造者の説明(黒沢建設㈱)

PCa版を製造し現地で架設した下請け施工者による調査結果がHP上で公開されています。

黒沢建設の説明によると,PCa版の斜材ロッド定着部の耐力が十分にあったことを事故後に作成したテストピースによって証明しています。加えて,県の調査委員会が事実としたことについてそうではなかったことを主張するとともに,元請けである第一建設工業が行った実験についても設定条件に誤りがあることを指摘しています。

※「朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故の「補強筋」について申し上げます