構造計算書偽装事件

<構造計算書偽装事件>

事件の概要

○ 2005年11月17日  国土交通省発表

構造計算書が偽装されて耐震性の低い建築物が建築された

○ 同年12月25日時点の国土交通省発表

強度偽装物件として共同住宅21棟を提示。必要強度の最小値は0.15だった。

構造計算書偽装物件(11月21日発表分の数値精査後のもの)」〈資料1

○ 構造設計を行ったのはA建築士であり,その後,懲役5年,罰金180万円の実刑判決を受けた。

○ 審査した確認検査機関は,2006年5月31日指定の取り消し

事件の分析と提言

国土交通省から「建築物の安全性確保のための建築行政のあり方について答申」〈〉(社会資本整備審議会,2006年8月31日)が出されている。掲載ページは「構造計算書偽装問題とその対応(国土交通省HP)」。

日本建築学会から「健全な設計・生産システム構築のための提言」〈〉(同構築のための特別調査委員会,2006年9月8日)が出されている。

<審議会答申と学会提言の注目部分>

○ いずれも,事件発表から約9か月後に出されたもの

答申:「その偽装を,設計図書の作成,建築確認,住宅性能評価, 工事施工のそれぞれの段階で,元請け設計者,指定確認検査機関,建築主事,指定住宅性能評価機関のいずれもが見抜くことができず,建築確認・検査制度及び建築士制度等への国民の信頼を失墜させたことは、極めて深刻な事態である。」

感想:「極めて深刻な事態である」の部分は,通常は「極めて遺憾である」とするはず。それを「深刻な事態」としているのは,国土交通省自身もこの事件を食い止めることができなかったセーフティネットの一翼を担っている機関の一部であることを示しているのだと思う。

学会:「安全な建築を国民に供給するための知的基盤を整備することを使命とする日本建築学会としては,この不祥事の発生を極めて遺憾な事態と受け止めるとともに,本会で蓄積した知見が事件を未然に防止するために十分実効に結びつかなかったことに関して深く反省する。」

感想:個人が起こした犯罪的行為を指して,学会が「深く反省する」としている。重大な事件であり,建築業界全体の問題としてとらえたことがわかる。

答申では,関係者の処分結果を示している。

○姉歯建築士の免許取り消し

○建築基準適合判定資格者 18 名について,登録の消除又は業務禁止の処分

○確認検査機関であるイーホームズに対しては「重大な過失等により」指定の取り消し。日本ERIに対しては「過失により」3か月間の業務停止命令

感想:偽装設計を最初に発見した機関を取り消し処分にすることの必要性が私には理解できなかった。「看過し」を理由に確認検査機関の建築基準適合判定資格者を処分したものだが,その後,行政庁の建築主事への資格処分は行われなかった。

<審議会答申と学会提言の方向性の違い>

答申:「建築主事や確認検査員の能力の向上が喫緊の課題 」「構造及び設備の専門能力を有する一級建築士を育成」「建築主事,確認検査員,構造計算適合性判定員等に対する建築技術,特に建築構造に関する研修プログラムを毎年度継続的に実施する必要」

※答申は,構造計算適合性判定制度の創設や審査基準の法制化の後に出されたものでその必要性を提案したものではない。

学会:「法規制強化論の限界」「本質的な問題解決のための自助努力による規律の向上」

事件後の国土交通省の対応

この事件を受けて国土交通省が実施した主な事項は次の通り。実施を指示したものも含む。

1.A建築士が偽装設計したとする21物件について適切な構造計算による耐震性がないことの事実確認

2.工事中や未着手物件に対する工事の停止

3.完成物件に対する所有者らへの事実の通知

マンションから退去を要する場合の公営住宅への優先入居を含む

4.A建築士を含む設計者の告発及び処分

5.不適切な確認を行った指定確認検査機関の監督処分

6.建設業者,宅地建物取引業者の監督処分

7.特定行政庁による一斉点検

8.相談窓口の設置

9.審査強化のための法改正

改正法の施行

偽装された構造計算書を審査過程で見逃してしまったことの反省から,審査の強化を規定した建築基準法改正が2007年6月20日(事件発覚の1年半後)に施行された。「改正法の概要

改正の目玉は,

○ 構造計算適合性判定制度の創設

○ 審査内容と審査レベルを規定(H19告示第835号「確認審査等に関する指針」)

この改正は,実は審査する側の審査の厳格化を定めたものだった。←審査に見逃しがあったことを防ぐ目的の法改正であるから当然。

この指針で定められていること

「地震力の数値及び算出方法が明記されており,それらが建築基準法令の規定に適合していること」

「構造耐力上主要な部分である部材に生じる力の数値及びその算出方法が明記されており,それらが適切であること」

「断面計算書に記載されている応力と応力計算書に記載されている数値とが整合していること」

(この告示は40ページにおよぶ

これを審査していない場合,つまり見逃しがあった場合,審査側の責任が問われることになった。

これだけみると,行政内部での事務処理でしかないように思えるが,審査を強化するためには確認申請書に適切に記載されていなければいけないとの考え方から確認申請書への記載事項を細かく規定した。例えば,

「構造計算において用いた支持層の位置,層の構成及び地盤調査の結果により設定した地盤の特性値」

「地震力の数値及びその算出方法」

「構造耐力上主要な部分である部材に生じる力の数値及びその算出方法」

構造関係のみではなく,例えば法第28条の採光では,

「開口部の位置及び面積」

「居室の床面積」

「開口部の採光に有効な部分の面積及びその算出方法」

(規則第1条の3の表で90ページにおよぶ

とても煩雑な手続きになり,このことが,国のGDPの数値を押し下げるほどの影響を与えた。

この事件のキーワードは「信頼回復」

この事件を振り返って,どんな思い出をお持ちですか。

「改正法後の確認審査で苦労した」

これが実感でしょう。

ただし,対外的には「信頼回復」です。事件後の元日の地元の建設関係新聞に行政や関係団体の長のコメントが出ていて,一様に「重大な事件が起きてしまったことの建築関係者としてのお詫びと信頼回復へと邁進すること」が表明されていました。実は,ひとりだけ違うこと(原因者であるA建築士への苦情)を述べた人がいました。

この法改正を実施した人との偶然の出会い

法改正は国土交通省がするものだが,実働しているのは国土技術政策総合研究所で,その改正実務を担った人が2007年に広島大学に着任した。

その平野先生の言葉

「混乱が起きていることは申し訳ない。この改正は,どこまですれば認めてもらえるか,どこまですれば信頼回復と言えるのか,それを考えて制度を作ったもの。」(日本建築学会中国支部の何かの講演会にて)

判決の紹介

偽装設計を行った当事者が裁判で責任を問われるのは当然。

この事件に関連する裁判として,偽装設計を見逃した特定行政庁の責任が裁判で問われた。

結果として,特定行政庁の責任が認められたものはなかった。

○印象に残った裁判「A建築士によるビジネスホテルの最高裁判決(平成25年3月26日)」〈資料2〉

・この裁判では,「建築主は被害者なのか?」が争われている。建築主はA建築士との関係においては被害者である。しかし,建築主は確認申請の申請者であり設計者は申請を作った申請者側の内部のものであり,違法な申請書を作った主体者であるから許認可部局との関係において被害者ではない。との考え方がある。この裁判では,「建築主事は,その申請をする申請者との関係でも,違法な建築物の出現を防止すべく一定の職務上の法的義務を負う」とし,救済の対象であることが示された。

余談。私が何をしたか

報道を聞いたその日の夜から,構造設計を勉強。構造計算書の審査において不適切な設計を見抜くために必要なことを考えた。

近畿大学の藤井教授のところに行って相談。構造計算書を審査するための技術開発をしたい。藤井教授は即答で了諾し卒論生,大学院生の論文を指導しながら審査技術を検討した。

この事件と事件後にとった行動は私の人生を変えた。