学会「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説2018」

<学会「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説2018」>

日本建築学会が発行している「鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説」が改訂されています。

これまでは2010年版でしたが,2018年版が発行されました。

改定内容は,

「通し筋やカットオフ筋の付着に関する知見を規定に反映させるとともに検定方法を単純化した。また,せん断補強筋など特別の条件を満たす基礎に限定してアーチ機構を考慮できるようにした。」

と解説されています。

小規模な改定であったことが述べられていますし,今後の課題として「2016年版の鉄筋コンクリート構造保有水平耐力計算規準・同解説との整合を図りつつ,1次設計へと特化していくこと」や「付着検討の一層の簡略化・合理化が必要である」とされています。

序文と目次(学会HP)


下は2016年の保有水平耐力計算規準です。


鉄筋コンクリート構造保有水平耐力計算規準(案)・同解説

清田区里塚地区の液状化の原因についての考察【続編】

前の投稿〉で,里塚地区で液状化したことの原因として「団地造成の前からあった旧36号線が堰堤となって地下水が抜けにくくなって地下水位が浅くなっていたことが液状化を引き起こす原因になったのではないか」ということを書いています。これは,下図のように,

団地の盛り土が液状化したもので,造成工事で暗渠にした三里川の施工や盛り土の地下水の排水処理が適切にできていたかに注目する内容として書いています。

この考え方とは異なる知見が,10月18日付けで「ジャパンホームシールド㈱」から報告されています。同社HP上で公開されていまして「北海道胆振東部地震における現地被害調査結果について」です。団地造成をする前にあった農地の地面が緩い砂質の火山灰質土であることが示されており,その部分が液状化したことを示唆しています。

団地を造成した時の盛り土が液状化した

造成する以前にあった農地の地盤が液状化した

これがどちらであるかで原因の分析は変わってきますが,ジャパンホームシールドの報告は,現地調査に基づいているのですから,どちらを信じるかといっても答えは明白です。以下は,「もともとの農地の地盤が液状化した」という前提で原因を考察してみます。

前の投稿〉で,「三里川の出口からみて旧36号線のすぐ南側の敷地が液状化しなかった」ことを疑問としてあげていますが,上記報告によればそのあたりはわずかな切土であることが図解されています。旧36号線付近の地形は,下図のように

北側から丘陵地,南側から丘陵地がせまっていて,旧36号線のところで谷が狭くなっていたように思えます。以下は想像ですが,造成前の農地となっていた部分は,旧36号線地点でボトルネックになっていますからここでせき止められるようにして堆積したのではないでしょうか。

つまり,その堆積土は,旧36号線のところでは浅く,上流のところは深くなっていたのでしょう。堆積土の浅いところは液状化せず(だから旧36号線付近は液状化しなかった),深いところがこの地震によって液状化したのではないでしょうか。

このように考えると,団地の造成でもっと深い盛り土のところがあったにもかかわらず液状化しなかったことの説明もできます。液状化したのは造成前の農地を構成する地盤なのですから宅地造成の盛り土の深さには影響されません。むしろ,盛り土が少ない方が液状化を抑える効果が少なくなりますから液状化しやすいということになります。

液状化は,砂質土であることと地中水位が高いことの2つの要因によって生じるものですが,もともとの農地の火山灰質土は,もともとの三里川よりも低いところにあるのですから,その部分が地下水で満たされているのも当然のことで,より液状化しやすい状態です。三里川の暗渠排水工事が適切であろうともその下の地下水を排水することはできません。

団地を造成した時の盛り土が液状化した

造成する以前にあった農地の地盤が液状化した

どちらであるかは重要で,後者であると考えた方が多くの点で辻褄の合うことと思われます。

清田区里塚地区の液状化の原因についての考察

<清田区里塚地区の液状化の原因についての考察>

北海道胆振東部地震により,札幌市清田区里塚地区で液状化が発生し公園や道路を含む多くの住宅が被害を受けました。

地盤の液状化は,砂質土で地下水位が浅いところが強い地震を受けたときに起きるものです。原因は学術的に分析されていますから,里塚地区で液状化が生じたのは「発生する条件になっていたから液状化した」ということになるのですが,私が気になっているのは,「里塚地区のこの場所がなぜ液状化の条件を満たしたところだったのか」です。

場所は,北広島市から札幌市へ伸びる国道36号線の旧道で北東側にこぶのように湾曲したところの内側になります。液状化したところは,例えば北海道新聞の次の記事「陥没被害の清田・里塚,札幌市作成「盛土造成地マップ」載らず」か北海道建設新聞社の「清田区里塚の被害甚大」で見ることができます。

で,液状化の原因として現在語られているものとしてはテレ朝ニュースの記事で「札幌市内の液状化は複合的な要因が原因」と日刊建設工業新聞の記事で「地盤災害緊急報告会開く」があります。この記事で語られているのは「谷筋を埋め立てた盛り土だったこと」「雨による地下水位の上昇が影響した」です。その原因は液状化する条件を満たすもので,それ自体は正しいのですが,雨は石狩平野の全域で降ったものですし,谷筋を埋め立てて盛土した団地はその近くにもたくさんあるので,「なぜその場所だけが液状化したのか」の答えにはなっていません。

そこで,私なりに,この原因を考えてみました。

液状化したのは上の図(国土地理院HPより利用)のところです。

1971年の航空写真(国土地理院HPより利用)では,この場所は,田んぼ(畑?)であったことがわかります。

発災当初には「川を埋め立てたところが液状化した」と報道されていましたが,小さな川があったのでしょうけど,河川を廃線したところが液状化したのではありません。この辺りの地形は,なだらかな丘陵地で液状化したところを含んで南西から北東へ伸びる農地の部分が谷筋になっていたところです。団地を造成するに当たって,南東側の森林の部分の土を切り取って農地部分の谷筋を埋め立てたものと思われます。

「谷筋を埋め立てたから液状化した」のであれば,この程度の盛り土はどこの団地でもあることですし,「陥没被害の清田・里塚,札幌市作成「盛土造成地マップ」載らず」で示されているようにこの近くにももっと大規模は盛り土がありますが,そのすべてが液状化したのではないことが説明できません。

で,私が考える液状化の理由は,

「旧36号線が堰堤となって団地の地下水を溜めこむ役割をした」です。

上図のように,旧36号線は三里川をまたぐように作られていました。団地が造成される前は旧36号線の下のトンネル(暗渠)を三里川は流れていて,それ自体は今も変わっていません。旧36号線の足元に川の出口が今もあります。旧36号線の南側で造成したことによって川としての形はなくなって,農地だったところ全体を盛り土したのですが,団地の地表に降る雨は水路などで排水しているのですが,盛り土の地下水は旧36号線の下のトンネル以外には出口がないのですから,相当流れにくい状態だったと思われます。地下水を旧36号線がせき止める形になっていて水位が高くなっていたことが液状化の要因だと思います。

上の模式図のように,団地の盛り土よりも前にあった旧36号線が堰堤のようになって地下水をせき止めていたのだと思います。

これが答えだとすると,今回液状化したところよりももっと旧36号線側が液状化しなかったのはなぜか,という疑問が生じます。ここは,実は団地が造成される以前から宅地化されていたところで,宅地化された期間の長さと盛り土の土質の違い(粘土成分が多かった?)で液状化を免れたのだと思います。

<上記の考察に何の意味があるのか>

9月24日時点で,液状化の原因についてHP上で検索して,「旧36号線が地下水をせき止める役割をした」と指摘するものが見当たらなかったので,私の個人意見をここに入れてみました。

ただ単に「盛り土をした団地だから液状化した」ということであれば,札幌周辺にも全国にもどこにでもある話で,このすべての安全性に疑問符がつくとなればたいへんなことになります。でも,里塚での液状化は,地下水がせき止められやすい形態だったことが原因であると特定できたならば,そのようなところだけに危険性を限定できます。

私の考察が正しいのかどうかはわかりませんが,原因究明のひとつのアプローチではあると思っています。