ホテル所有者を業務上過失致死傷罪で起訴

2012年5月に福山市のプリンスホテルで7人の死者を出す火災がありました。

この建築物の所有者として,必要な措置を怠ったとして業務上過失致死傷罪で起訴したとする記事が地方新聞に掲載されています。

出火自体は不可抗力とは思われますが,耐火建築物でなければいけないにもかかわらず,木造で増築した部分があった,また,必要な防火戸が取り付けられていなかったなど,建築基準法の基準を満足していない建物でした。

この記事によれば,「刑事処分を受け入れる覚悟があり」とされています。必要な管理を怠ったことにより7人の死亡者を出したのですから,罪に問われることもやむを得ないことと思われます。今後,この裁判に注目していようと思います。

帯山小学校体育館の被害についての疑問

<帯山小学校体育館の被害についての疑問>

熊本地震で,耐震補強をしたばかりの体育館に被害が出ています。

記事としては,

なぜ壊れた?耐震補強したばかりの校舎・体育館・・ボルト抜け落ち,筋交い垂れ下がり

耐震化済みの体育館が損傷 熊本の24校で避難者ら移動」があります。

避難場所になっていた帯山小学校体育館で,14日の地震で避難していた被災者のいる中で16日の本震が来て,体育館が地震の揺れで損傷したというものです。天井面に水平剛性の確保として設置されているターンバックルのボルトが外れて体育館のフロアーに落下し,ターンバックルも垂れ下がりました。落下するボルトをまともに受けていたら死亡する可能性もあったのですから,避難していた人に怪我などがなかったのは偶然でしかありません。

体育館は,避難するためにあるのですから,避難していた人に危害が生じるなどあってはならないことです。

しかも,その体育館は耐震補強をしたばかりで,安心できる避難所であると考えるのは当然です。とはいえ,報道は,「補強工事をしていたからこの程度で済んだ」「震度7が2回。想定外」とのコメントです。

考えてみれば,現行の耐震設計は,巨大地震に対して倒壊しないことを目標としているのです。ひび割れや塑性化など,建物に損傷が生じても倒壊しないことで人命を守るのです。震度7が1回でも,部材の部分的な損傷自体は,許容範囲です。

今後,避難所となる建物の耐震強度は一般の建物よりも強化しておくべきとの議論は生じるものと思われます。もちろん,すでに国の指針では,重要度係数があって,被災時に重要な役割をする建物については高くするようになっています。義務化されていないだけです。


さて,ここまで「部分的な損傷自体は許容範囲」としましたが,このニュースを聞いて,私が気にするのは別のことです。

「ターンバックルを引っ張ったらどこが切れるのか(どこが破断するのか)」

報道によるとボルトが落下したことになっています。ターンバックルの両端の高力ボルトのことです。穴がいている羽子板が破断したとしても,高力ボルトはガゼットプレートに残りますから落ちてきたりしません。高力ボルトが落ちてきたということは,せん断で切れたことになります。

「高力ボルトがせん断で切れた」

そんなこと信じられますか。

ターンバックルを強い力で引っ張ったらどうなるか。棒鋼の部分が十分に塑性化する。これがターンバックルの条件です。でも,さらに引っ張り続けた場合に棒鋼の部分(つまり,母材)で破断するかと言えばそうではありません。母材以外のどこかで破断します。

「だから,高力ボルトで破断したんだ。」

と思われたかもしれませんが,M16のターンバックルの場合,

棒鋼(ターンバックルの母材)の破断強度(引張):65.2kN(JISA5540より)

HTBの材料強度(せん断):104kN(HTBのせん断破断はもっと大きい)

ですから,高力ボルトが切れることはありません。

もうひとつ気になることがあります。どこが破断するかという問題以前に,棒鋼の部分(つまり,母材)が十分に塑性化することがターンバックルの条件ですから,破断するまでに10%以上伸びるはずです。恐らく,20%近く伸びます。ターンバックルはこれほど優れた塑性変形能力を持っている材料です。にもかかわらず破断したということは,素直に考えれば10%以上伸びて破断したということになるのですが,10%と言えば,屋根材がぐちゃぐちゃに変形したことになります。報道では,屋根材の変形は伝えられていませんから,ターンバックルはほとんど伸びることなく破断したと考えられます。

私の勝手な想像ですが,高力ボルトの半分以下の強度の材料,つまり,ボルト(中ボルト4.6)で施工したのではないでしょうか。これは,単なる想像です。調査すればわかることですので,今後,原因についての発表はあると思います。

※参考解説〈ターンバックルの品質〉〈高力ボルトの許容応力度等

※高力ボルトの破断強度については「鋼材および高力ボルト接合部の引張試験(京都大学工学部)」の資料がわかりやすいです。

偽装事件から10年No.4

この偽装事件を受けて,私が取り組んだことを紹介します。

事件の発表を聞いたその日の夜から,構造の勉強を始めました。それまでも構造の知識はありましたが,偽装設計をする人がいて,審査の過程で偽装を見抜かねばならないとなると,習得しておくべき知識量が格段に違うからです。

この勉強をする中で気づいたのは,「審査するための道具が必要である」ということです。法規制の整理とともに,設計の過程で生じる計算式を段階ごとにわけて,計算過程のそれぞれが正しく算出されていることをチェックする計算表のようなものが必要です。

このことに気付いて,それを自分一人で作るのもあるとは思いましたが,近畿大学の藤井教授のところへ行って相談しました。「この偽装事件を受けて,こんなものを作りたい」というと,なんと,賛同してくれて,「構造計算書審査技術の開発」として取り組んでくださることになったのです。

次の年度のふたりの卒業論文のテーマに設定して,私も卒論生の指導をしたのです。4年間で3人の卒業論文とひとりの修士論文の作成を指導して,私も論文を出しています。

構造計算書審査技術を作るという過程で,構造規制の複雑さや構造設計の奥の深さが見えてきました。