<警戒区域指定と実際の土砂災害との関係>
2018年7月の西日本豪雨災害では,土砂災害で深刻な被害が出ました。
土砂災害から国民の生命財産を守る(被害を軽減する)仕組みのひとつとして,土砂法(土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律)があります。
この法律は,土砂災害を,急傾斜地の崩壊,土石流,地滑りの3つに分類して,土砂災害が発生すると予想されるところに警戒区域,特別警戒区域を指定することで,そこで生活する人に危険性の存在をお知らせし,避難行動や建物を強固にするなどの対策を促す(法規制による義務も含む)ことで被害を軽減しようとするものです。
この土砂法による警戒区域(イエロー)・特別警戒区域(レッド)の指定と,この度の豪雨災害で実際に生じた土砂災害がどの程度一致していたのか,ずれていたのかは気になるところです。
<区域指定と実被害>
<熊野町川角5丁目大原ハイツ>
この場所では住宅と住宅に住んでいた人に複数の重大な被害が生じました。
土砂法による指定は,平成29年3月9日にされていまして広島県HPの「土砂災害ポータル」で「1-2-3-61」で見ることができます。この場所では全壊17,大規模半壊4,半壊2の被害があったのですが,それはすべて特別警戒区域(レッド)の外です。特別警戒区域は指定されていましたが,団地の上流部の小さなところです。
被害と指定の位置関係は,
このようになっています。
土石流は2スジにわかれて谷を下ってきています。警戒区域(イエロー)に指定されていないところでも被害が出ています。
<矢野東7丁目梅河ハイツ>
この場所でも,住宅と住宅に住んでいた人に複数の重大な被害が出ています。
土砂法による指定はまだでしたが,平成30年5月17日に指定前の情報が「1-2-23-13」で出されています。
被害と指定(指定予定)の関係は,
このようになっています。団地の最も山側に特別警戒区域(レッド)があってその住宅が全壊したとともに,その下流部でも建物被害が出ています。
<広島呉道路の盛り土崩壊>
この場所では,平成30年3月29日に「1-3-541-6365」で指定されています。
でも,指定されていたのはその上流からの土石流で,崩壊したのは,広島呉道路の路盤を作る盛り土でした。道路を作るために施工された盛り土ががけ崩れを起こして,広島呉道路が通行できなくなったとともに,その下にあったJR呉線と国道31号線が使用不能に陥りました。
指定の状況は,
このようになっていますが,崩れたのは,広島呉道路の盛り土です。
<安佐北区口田南3丁目>
ここでも住宅と住宅に住んでいた人に重大な被害が出ています。
区域指定は,平成30年3月29日に「1-1-9-33」で指定されています。
被害と指定の関係は,
指定では,土石流が谷の出口から直線に北北西へ進むように想定されていますが,実際の土石流は,大きく左にカーブして警戒区域(イエロー)の外へと流れています。
これは,
土石流の流れの位置に小さな谷があって,その谷がカーブしており,谷に沿って流れたものと思われます。
<胆振東部地震の厚真町吉野地区>
平成30年北海道胆振東部地震で厚真町吉野地区で大規模ながけ崩れが生じてがけの下にあった住宅と住宅に住んでいた人に重大な被害が出ました。
この場所でも,北海道が土砂法に基づく区域指定をしていました。「1-3-12-1652」です。
がけの下にあった住宅のほとんどは警戒区域(イエロー)の中にありました。そのすべてが土砂に埋め尽くされて,土砂は警戒区域の外にまで及んでいます。
<感想>
警戒区域(イエロー),特別警戒区域(レッド)の指定と,被害との関係が,上記のようにずれていることをどのように考えたらいいのか。
特別警戒区域(レッド)では建物に深刻な被害を与えますが,警戒区域(イエロー)では建物への被害は大きいものではないと考えられていたはずです。
これは,土砂法上の用語の定義に「特別警戒区域」には建築物被害が書いてありますが,「警戒区域」には建築物被害が書いていないことからそのように解釈されるものです(この解釈が正しいと言っているのではありません。私がそのように解釈していただけです)。
熊野の団地では,レッドの範囲を大きく超えて土石流が到達して住宅を押し流しています。また,土石流は2方向から侵入してイエローにすら指定されていないところへも被害が及んでいます。
矢野の団地でも同様です。
広島呉道路の盛り土崩落は,がけ崩れの指定はされていませんし,そもそも,公共工事で造られた道路ののり面が崩落するという考えられない災害です(山からの土石流が盛り土崩落を誘発したとの指摘もあります)。
口田南の土石流は,指定のように直線に進んだりはしていません。その場の地形に小さな谷があって,それに沿って進んだ結果,イエローの外側に深刻な被害を生じています。
厚真町の事例でもイエローで深刻な被害が生じています。
土石流の規模の違いは,想定レベルの違いだったのかもしれませんが,土石流がカーブすることや2方向から来たことによってイエローですらないところに被害が出たというのは,指定する時の調査のきめ細かさの問題なのだと感じてしまいます。
これらの災害を受けて,土砂法の指定基準(指定の考え方や想定レベル)を見直すのかどうかは,私は知りませんが,上記のような食い違いは解消すべきと思います。ただ,「その結果,レッドをもっと広くしよう」という考え方には反対です。レッドになると建築物の構造基準が義務化されます。それをやむを得ないと考えるからこの法律は存在しているのでそれ自体を否定したりはしませんが,義務を課せるのであれば,レッドの指定はもっと自然現象に忠実で正確なものである必要があるでしょう。
<福山市駅家町のため池決壊>
福山市駅家町では,山の中腹にあるため池が決壊して下流にある住宅に流れ込み住宅と住宅に生活していた人に重大な被害が生じました。被災後の航空写真によると,
ため池の上流には,盛り土によるグランドが造成されていて,グランドの盛り土の土羽が崩れてため池に入り,ため池を破壊して流れ下ったように見えます。
この場所にも土砂法の警戒区域・特別警戒区域が指定されていました。指定状況は広島県HPの「2-1-2731-2」で見ることができます。指定されているのは,
グランドより上の地山の傾斜がきついためそのがけ崩れでグランドへ被害を及ぼすことの危険性です。実際に崩れたのは,グランドの盛り土のように見えますから,指定が指摘した危険性と被害を生じさせた事象は別物です。
このため,「指定により危険性が指摘されていたにもかかわらず,対策がされていなかった」との批判にはあたらないものと思われます。
逆に「崩れた盛り土の危険性を土砂法により指定していなければならなかったのではないのか」との疑問も生じますが,恐らくはのり面の基準を守って適法に造られたのり面なのでしょうから,土砂法指定に値する危険性を持ったものではなかったのだと思います。
以上は,のり面崩落(=ため池破壊)を土砂法指定という観点のみから見たものですが,これだけの被害を出している事象ですから,より深い原因の探求は必要でしょう。「なぜ,盛り土崩壊を予測できなかったのか(=崩落を防ぐ方法はなかったのか)」の探求はどなたかがされているものと期待します。
※ 航空写真は,国土地理院地図(電子国土Web)から入手したものです。