「建築関連事件事故後の対応とコンプライアンス」というテーマで講師

<「建築関係事件事故後の対応とコンプライアンス」というテーマで講師>

広島県建築士会東広島支部の勉強会の「建研塾」で,「建築関係事件事故後の対応とコンプライアンス」というテーマで講師を務めました。

日時:2017年1月28日(土)10時半から12時まで

場所:下見福祉会館

内容は,地震などの災害と事件事故の度に強化され続けてきた建築基準法の歴史とともに,事件・事故に対してどのように対応したかを紹介して,建築士の説明責任や法令順守について考えるものでした。

取り上げた事件・事故は,

・2005年の構造計算書偽装事件

・2015年のマンション杭未到達事件

・2003年の朱鷺メッセ連絡橋崩落事件

の3つです。

この中で,構造計算書偽装事件は激震でした。不適切な設計をした個人の問題のみではなく,建築業界全体の信用回復が課題となって,そのための法改正があまりにも厳格化しすぎて国全体の経済活動を停滞させるほどの影響を与えました。私自身も事件後,構造設計を真剣に取り組みましたので,そうしたことを含めて話しました。

説明に使った資料は,〈建築関係事件事故後の対応とコンプライアンス〉です。

ホテル所有者を業務上過失致死傷罪で起訴2

5月8日のブログ「ホテル所有者を業務上過失致死傷罪で起訴」で,2012年5月に起きたプリンスホテル火災の建物所有者への業務上過失致死傷罪で起訴したことを載せています。

その判決が,2017年1月25日に出ています。

「防火管理の基本的な注意義務に違反し,過失は重大」として禁固3年(執行猶予5年)の判決が出ています。

翌日の地元新聞で,福山市などから防火対策の不備を指摘されながらも,「是正や点検にお金をかけたくないという自己本位の理由から,約10年にわたり必要な措置を怠った」としています。弁護側は消防や福山市の査察や指導の不徹底を指摘してきたが,裁判長は「罪責を軽減させるものとはいえない」と退けています。

同じ紙面で,被害者側の視点に立った記事が出されており,「二度と起こらぬよう,ホテル経営者や行政は再発防止に努めてほしい」とのコメントや,「プリンスホテルの火災では行政と消防の査察の不備が相次いで発覚。福山市は建築基準法違反を見逃し,消防組合は定期査察を9年間怠った」としています。

この裁判では,被告である建物所有者は,自身の責任を認めており刑事処分を受け入れて控訴もしないことを表明しています。「ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいです」とする建物所有者の言葉も紙面で紹介されています。所有者の責任の大きさを示す判決であり本人も今となってはそれに気づき認めています。その一方で,裁判の中では,行政側の指導が行き届いていなかったことを主張しています。他の紙面では弁護人の言葉として「事件を契機に市や消防の査察が見直されるきっかけになってほしい」が紹介されています。これは,被害者の言葉であればわかるのですが,最大の責任者の言葉としては不適切だと思います。

朱鷺メッセ崩落事故の原因が突き止められなかったことが残念(その4)

<朱鷺メッセ崩落事故の原因が突き止められなかったことが残念(その4)>

最後に,崩落の原因について個人的に想像してみます。

直観として斜材ロッド接合部のコンクリート部のせん断を疑いました。写真で見る限り,いかにもちゃちで十分な鉄筋や鋼材で補強されているようには見えないからです。でも残された部材で実験して強度の存在を確かめているのですから,構造技術者協会の報告書が指摘するように設計上,許容応力度が超えていたなどということはないのだと思われます。

では,構造技術者協会の報告書が指摘する施工中のジャッキダウン時の損傷が原因して接合部の耐力が低下したのでしょうか。これは,わからないとしか言えない事項です。そもそもこの報告書ではジャッキダウン時の損傷の可能性を指摘しているだけで,コンクリートにどれだけのひび割れが入ったのか,そのひび割れがどれだけ接合部耐力を低下させたのかを示していないのですから検討すること自体ができない状態です。ですから,その可能性を否定も肯定もできないというのが答えではありますが,普通に考えてコンクリート部材というものは,どこかにひび割れは生じているもので,コンクリート部材に適用する許容応力度はひび割れの存在を許容したうえで成り立っているものだと考えていますから,ジャッキダウン時の損傷が,偶然に斜材ロッドの引張を支えられなくなる方向にひび割れを生じたということでもない限り,多少の損傷(ひび割れ)は許容されるものと考えています。したがって,ジャッキダウン時の損傷が原因であるとは考えにくいです。

<崩落原因の推定>

私が想像する原因は,構造設計者が指摘するように,上弦材の鉄骨の端部に溶接欠陥がありこの部分の破断です。

橋が崩落しているのは,朱鷺メッセ側の端部です。その部分で破断・崩壊している部材は,

①斜材ロッドのコンクリート側の接合部

②上限材である鉄骨の端部

③下弦材であるPCa版

の3か所で,川側の構面,入江側の構面とありますから,合計で6か所です。とはいえ,PCa版は川側,入江側と別れているものではなくスラブとして一体になったものですから,6か所ではなく,5か所と数えるべきでしょう。

崩落の原因を突き止めるとは,その5か所のどれが最初に破断・崩壊したかを突き止めることです

まず,PCa版は,この部分には圧縮荷重が作用しており,これが最初に崩壊したとなれば,長さが短くなる方向に変形(つまり,圧壊状態)していなければいけません。崩落後の写真を見る限り,PCa版は折れ曲がってはいますが,圧壊状態ではありません。したがって,PCa版ではないことがわかります。

次に,川側,入江側のどちらから崩壊したかを考えます。これも写真によると,入江側に傾いて崩落していますから,入江側が先に破断したことがわかります。

で,最後のテーマが,斜材ロッドの接合部が先なのか,上弦材の鉄骨の端部が先なのかです。

トラス構造ですから,どちらが先に切れても構造体としては成立しませんで,どちらが切れても,ほぼ同じように崩落します。ですから,どちらの可能性もあるのですが,斜材ロッドの接合部が先で上弦材の鉄骨端部が後だった場合には,その証拠が鉄骨側に残ります。それは,鉄骨端部は保有耐力接合されているはずのものだからです。

保有耐力接合されている鉄骨部材を引っ張ると,鉄骨母材が十分に塑性変形します。条件がよければ10%程度伸びます。事故後の写真では鉄骨全体が塑性変形して伸びたようには見えませんから,鉄骨が先に破断したことになります。

構造設計者が指摘しているように,私も「上弦材鉄骨破断説」を支持します。構造設計者の報告書の中に溶接欠陥の存在が指摘されており,しかも,破断部が入江側で上フランジ下フランジともに母材ではなく溶接部だったのですから,ここが最初に破断して,鉄骨部材は塑性変形することなく落下して,次に斜材に力が集中して接合部が破断したのでしょう。

上記は,入手できた資料の中から私が想像しただけです。鉄骨部材が塑性変形するとしても衝撃荷重ですから10%も塑性変形したりはしないでしょう。でも,残された鉄骨部材にわずかでも塑性変形があったか,一切なかったかを調査していれば,どこが最初に破断したのかがわかったと思われます。

<上弦材の鉄骨の端部が最初に破断したなら何がわかるのか>

鉄骨端部の接合部が最初に破断したとなると,接合部の施工,つまり,溶接が適正に行われなかったことの可能性が疑われます。構造設計者の報告書の中に溶接欠陥の存在が指摘されていますから,それが原因である可能性を支持します。ここから先は,施工時点から,許容しえない溶接欠陥があったのかが問われます。微細な溶接欠陥が生じることは避けられないことで,溶接欠陥の存在のみをもって施工が不適切だったとは言えませんが,許容値を大きく超える溶接欠陥がはじめから存在していたならば,これが連絡橋崩落の原因だと言えるでしょう。

ひとつ,私が気になるのは,繰り返し荷重による溶接欠陥の進展です。溶接欠陥ははじめから存在していたにしても,それは許容値内の微細なもので,この接合部位置が常に大きな引張荷重が作用して振動による繰り返し荷重の作用するところに存在していますので,徐々に溶接欠陥が広がった可能性についても考慮しておかねばならないと思っています。

(この構造体の応力状態(常時引張荷重が作用し繰り返し荷重が作用する状態)で,通常許容しうる微細な溶接欠陥がこれほど短期的に拡大し続けるものかどうかは,私にはわかりません。)


以上が,私が推察する崩落事故の原因です。この推察が正しいと主張するものではありません。推察する根拠となった資料を提示したうえで,それを技術者として見て考察したらこうなる,というものです。思考過程に未熟な点があったとしても許容いただければと思います。